活動の背景(ストーリー)

はじめまして。

NPO法人LLA Entertainment代表理事の長谷川貴大です。

僕は現在、愛知県名古屋市内で

2つの障害者施設を運営しています。

また、僕は19歳から現在まで

Lot FALCON ( ロットファルコン )

というMCネームで

個人でラッパーとして

活動しており

20歳から福祉従事者として働きながら

活動をしてきた兼ね合いで

「福祉ラッパー」や「ソーシャルラッパー」という肩書きで

時々メディアに取り上げられています。

 

福祉とのキッカケは実家の前にある公園

僕は1990年に愛知県小牧市(尾張小牧)

生まれ育ちました。

実家の前には小さな公園があり

毎日のようにそこで遊んでいました。

近所には障がい者施設があり

そこの施設のご利用者さんが

よく公園を利用していて

僕は障がいをお持ちの方と

直接関わることはなかったですが

毎日のように公園という同じ空間で

見て育ってきました。

大人が嬉しそうに全力でブランコを漕いだり

大声で叫んだり、走り回ったりと

両親やその周りの大人とは少し違う違和感を

子どもながらに理解していました。

 

小学1年生での出来事

そんな環境の中

僕が小学1年生の頃にさかのぼります。

ピッカピカの新学期が始まり

初めて隣の席になった子は

知的に障がいのあるKくんという子でした。

しかし、新学期が始まり間も無くして

Kくんは特別支援学級の特別支援クラスへと

移動して行きました。

それ以降、僕とKくんは6年間の学校生活で

一度も関わることなく、卒業していきました。

 

社会人になってから感じた壁

社会人となった僕たちは

「多様性」や「SDGs」や「障がい者雇用」など

障がいをお持ちの方と関わる機会が何かと増えますが

障がいをお持ちの方と関わったことのない

僕たちにとっては、その関わり方がわからず

例え相手に配慮したつもりが

差別的、批判的に受け取られてしまったりと

お互いに生きづらい思いをする

という経験が数多くありました。

 

K 君の存在

「どうしたら誰もが当たり前に認め合い

生きやすい世の中になるのだろうか?」

そう考えた時に、小学1年生の時

隣の席に居たKくんのことを思い出しました。

あの時、Kくんが特別支援クラスに移らず

一緒に学校生活を送っていたらどうなっていたか?

実家の前の公園で遊んでいた時のように

小中学校などの一つの空間の中に

障がい児者や健常児者が

当たり前にいる環境だったとしたら

今の社会はどのように変化していたか?

その様に考えるようになりました。

 

壁をなくすための解決策

エンターテイメントを通じて

自然な形で誰もが参加できる空間を作ろうと思ったのです。

今の子供達が大人になった時に

誰もが当たり前に認め合い

生きやすい世の中にするために

僕たちは立ち上がりました。

 

 

主な協力メンバー

役員


理事長:長谷川貴大

Lot FALCON | ロットファルコン
NPO法人LLA Entertainment代表理事。2009年より名古屋を中心に活動するMC / ビートメイカー。
等身大の言葉で人生を綴ったリリックやライムなどのディテールにこだわらず、ストレートな気持ちを伝えようとする内省的でシンプルなラップをChillやメランコリックなサウンドの上で展開する。それぞれが抱える葛藤や苦悩、決意を吐露するメッセージやリリシズムに誰しもが心を動かされる。2016年から2019まで、東京に本社を置くお菓子メーカーカルビーの傘下にあるドリトスやチートスやマイクポップコーンやドリトスなど展開する【株式会社ジャパンフリトレー】とアーティスト契約し、1stALBUM「ノーマライゼーション」、2nd ALBUM「韻クルージョン」、3rd ALBUM「インテグレーション」、4th ALBUM「Diversity」をCD音源で立て続けにリリース。渋谷のタワーレコードを中心に展開される。20歳から福祉に従事し、現在は愛知県名古屋市内で障がい者のデイサービスやショートステイを運営。国内初のソーシャル(福祉)ラッパーとして度々メディアにも取り上げられる。

副理事長:亀山健

■kame”JAH’man(カメヤーマン)プロフィール
愛知県出身。キーボード奏者。スタジオエンジニア。2000年初頭ジャパニースレゲエのオリジネーターAckee&Saltfshの全国ツアーバンドでキーボードを担当し、そのキャリアを開始。メジャーデビュー前のPushim, Ryo the Skywaker, JTB, Fire Ral, HOME GROWN BANDなどと共演するなど黎明期のジャパレゲシーンを肌で体感。2004年、ジャパレゲの熱狂をHPHOPにも持ち込むべく、自身のHPHOPバンド「Sou Brothers Sun」を地元愛知にて結成。当時活躍していた052HIPHOPの様々なメンバーAK-69、「E’qual、 Mr. OZMUJINA、Woonagk Choco Brothersらとともに多くのステージを担当。今となっては伝説となった[MURDER THEY FALLISUPER BAD」などのビッグイベントでキーボード演奏する。2006年バンドはGROOVE BROTHERSと改名してSEAMO, TWO-J,ANTY the 紅乃壱、H-D, DABOらと数多くの作品に参加。2009年よりG-CUE率いるG-CUE BANDのオリジナルメンバーとしてキーボードを担当した。また2011年からは愛知県を代表するレゲエバンドMYERS ROCKでのキーボード担当ジャッキー水戸として加入。Ackee&Saltfishを始め、PAPA-Ugee, machaco, RANKIN TAX, 泉,NEO HERO,Sou EYE.Sing JROYなどの日本を代表するレゲエディジェイのステージ、またジャマイカから来日したYELLOW MAN, JAH CUREなどの世界的ビッグアーティストのステージでもキーボードを担当。トヨタロックフェスティバル、橋の下世界音楽祭などの大型野外フェスティバルでも毎年ステージに上がる。2010年より自身のスタジオgroove”JICY’studioをSEAMOのイベントでトップバッターを盛り上げていた元kame&LNKのTSUBASAと共に作り、日々様々なジャンルの音楽制作の拠点とした。それらの作品はCLUTCH RECORDSより発表。個人主宰のレーベルながらHPHOPREGGAEを中心にPoPSR&B, 演歌、アイドル、クラシックから学術的な作品やアーカイブスまで手がける。2016年より映像編集専門のBYAN FLMSも併設してyoutubeなどで定期的にプロモーションをおこなうまでに成長した。これまでに監修したCD作品は100作品以上を超える。

理事:長谷川健一

監事:金鍾史 (キム・チョンサ)

メンバー

OSRIN

國枝真太朗 | Shintarou Kunieda
1991 年 1 月 14 日
映像監督 / 作家。未知への魅力は想像力の基盤を形成する と考え、新たな哲学の領域を映像を通し探求している。
Instagram

下園栄一郎

小林俊介